《監督のことば》

この作品のテーマ、それは私の息子ルイが祖父を演じるということだ(ルイのいまの年齢である30歳の頃の祖父)。 とはいえこれは現在の映画である。この愛の物語は私の父自身の物語だ(当時父の恋人に好感を抱いていた私は、 知らぬ間に自分の母を嫉妬させていた。母は模範的な女性だったのだが……)。だがやはり私は母に育てられた子 供だった(映画内の物語では、私は娘になっている)。
こうして生まれた物語が現在に移植される。そう、30歳の私の父を演じるのは、私の息子だ。

監督・脚本:フィリップ・ガレル
1948年4月6日パリ生まれ。幼少期には絵画を学び、俳優であ る父モーリスに連れられて多くの映画を見て育つ。13歳で初め てカメラを手にし、16歳で制作した短編映画『調子の狂った子 供たち』をきっかけに、ヌーヴェルヴァーグ次世代の旗手として 注目を浴びる。パリの5月革命を機にパリを離れた後、69 年の ニューヨークでアンディ・ウォーホルのファクトリーに出入りする うち、ヴェルヴェット・アンダーグラウンドにボーカルとして参加し ていたニコと運命的に出会う。ふたりは公私共にパートナーとな り数々の作品を一緒に制作する。ニコのアルバム『デザートショ ア』のジャケットに使われているスチール写真は、そのうちの1本 『内なる傷痕』から。またニコと俳優アラン・ドロンとの間に生ま れた「秘密の子供」も、ガレルの映画の重要なモチーフとなった。 しかしその豊饒な創作活動の裏側で、ふたりの暮らしは経済面 を含め、破たんと再生の繰り返しだったという。79 年にニコと 離婚、83 年には女優のブリジット・シイとの間に息子のルイ・ガレ ルが誕生する。同年には、父モーリスを主演に迎えた『自由、夜』 を発表し、カンヌ国際映画祭でフランス映画の展望賞を受賞。 88 年にニコが事故により急逝すると、ニコとの私的な物語を描 いた『ギターはもう聞こえない』を監督し彼女にささげる。本作 は1991年ヴェネチア国際映画祭で銀獅子賞を受賞した。93 年 には、ルー・カステル、ジャン゠ピエール・レオー主演の『愛の誕 生』を発表、元ヴェルヴェット・アンダーグラウンドのジョン・ケイ ルが音楽を手がける。98 年にはフランスの女優カトリーヌ・ドヌー ヴ主演の『夜風の匂い』を監督し話題を呼んだ。2005 年、愛 息ルイ・ガレルを初めて主役に据えた『恋人たちの失われた革命』 で68 年5月革命時のパリを生きる若者たちを描き、2 回目のヴェ ネチア国際映画祭銀獅子賞を受賞。2011年『灼熱の肌』では モニカ・ベルッチを主演に迎える。フランス国立高等演劇学校 でも教師をつとめている。現在、『ジェラシー』に続く最新作を 制作中。
撮影:ウィリー・クラン
1934 年、ベルギー生まれ。ジャン゠リュック・ゴダール 監督、ジャン゠ピエール・レオー主演のモノクロ作品 『男性・女性』(1965 年)や、アンナ・カリーナ、マリア ンヌ・フェイスフルなどが出演した『アンナ』(1966 年)、 クリス・マルケル、ジャン゠リュック・ゴダール、アニエス・ ヴァルダなどが集結したベトナム反戦を訴えるドキュ メンタリー『ベトナムから遠く離れて』(1967年)にも 参加する。67年にはイエジー・スコリモフスキの『出 発』、75 年にミュージシャン、俳優として活躍してい たセルジュ・ゲンズブールが、当時の妻ジェーン・バー キンを主演に監督デビューを果たした衝撃作『ジュ・ テーム…』なども手掛けた。ガレル監督の前作『灼 熱の肌』でも撮影監督をつとめた。
音楽:ジャン゠ルイ・オベール
1954 年、フランス生まれ。フランスのロック・バンド 「テレフォン(テレフォヌ)」(1976 ~ 86)の元メンバー。 ジャン゠ルイ・オベールが自身のミュージックビデオの 製作をガレルに頼もうとしたことがきっかけで、本作 の映画音楽を手がけることとなった。2008 年には 『ずっとあなたを愛してる』(フィリップ・クローデル)で 音楽を手がけている。
プロデュース:サイド・ベン・サイド
映画プロデューサー。プロデュースを手がけた主な 作品に、『陰獣』(バーベット・シュローダー、2007年)、 『華麗なるアリバイ』(パスカル・ボニゼール、2008 年)、 『おとなのけんか』(ロマン・ポランスキー、2011年)、 『パッション』(ブライアン・デ・パルマ、2012年)など。


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